コンセプトConcept

毛利志満が考える
「おもてなし」のカタチ

私たちが店を構える近江八幡、あるいは自社牧場のある竜王町は、古くは蒲生野という名で呼ばれ、豊かな自然に育まれた動植物の宝庫として古来より人々から親しまれてきました。

『万葉集』に収まる額田王が中大兄皇子と交し合った著名な相聞歌、つまり贈答歌の遣り取りには、「天皇、蒲生野に遊猟したまふ時」とあるように、「遊猟=薬草狩り」が往時に行われていたことが分かります。江州米(近江米)の産地として名が通る蒲生野に自社牧場を構えること、それはつまり、風土と水がものを言う牛の肥育には、うってつけの場であると言えます。

さて、昭和53年に私ども「近江牛 毛利志満」が、近江八幡にてレストランを開業してから実に40年近くの時が経過いたしました。さらに遡って、祖先、竹中久次・森嶋留蔵兄弟がこの辺りの使役牛を二週間もかけて曳行し、東京浅草で「米久」として暖簾を掲げ始めてからになりますと、実に140年近くの歳月を、まさに牛歩のごとく一歩一歩ゆっくりと、私たちは近江牛とともに歩んできたことになります。

変化の大変目覚ましい現代は、あらゆるヒト・モノが瞬く間に国境を越えて行き来するグローバル社会です。そんな中、私どもの命脈は、「近江」という豊かな風土、その≪固有性≫と≪可能性≫へのこだわりにこそ在り、そう考えております。

自社牧場で手塩にかけて育て上げた近江牛を料理の根本に据えながら、その素材がもつ本来的な味を最大限に引き出す開業以来の名物「石焼」。いつも変わらず、そして代えることのできない彼/彼女たちだけの笑顔で、自分らしくお客様のおもてなしに徹する接客。近江にあって、もっとも近江らしく、つまり自分たちらしく、お客様をお出迎えしたい。この「らしさ」の尊重と追求は、なにもサービスや料理にのみ求めているわけではありません。完成を控えた新しい牛舎の建材が、牛本来の環境に配慮し、木造づくりを企図している所にも表れております。


ローカルにありながらも、大地にしっかりと根を張ったひとつの「想い」に基づく料理とサービスが、グローバルスタンダードに照らしてみても、お客様をより満足させるものであってほしい…。私たち流のおもてなしの心を添えた近江牛をお召し上がりになり、そこから近江の深々とした歴史・文化・風土への興味が拓かれ、新しい物語を乗せた船が出航するのであれば…、そんな願いを抱きながら、私たちは今日もみなさまをお出迎えしております。

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